地面に足をつけてほしい(評価: )
古今亭志ん生、桂文楽には間に合わなかったが、六代目三遊亭円生には間に合った人間としては、どうしても、昭和30〜40年代の「寄席」の落語とホール落語が、一つの基準になっている。
金原亭馬生に期待を寄せ、夭折に驚き、後を継ぐものと思われた、談志、志ん朝、円楽、小三治に期待を寄せ、一時、小朝に期待し・・・・という落語人生を辿ってきた人間には、談志家元の独演会で、前座やひざ前で地味ではあるけど、確実に地道な努力をしていた、志の輔は、「次」を期待させる存在であった。
しかし、家元の支配力が薄れたせいか、ここ一番の「勝負」については、「談春」においていかれた。
才能のある若手と思うからこそ、「古典」のあるべき姿をしっかりとらえた上で、談志家元の言うところの「落語は人間の業の肯定」を示して欲しいというのは、もはや古いのだろうか?
力量があるのだから、時代の変な、安易な流れに流されず、しかし、現代を演じて欲しい。
貴兄にはそれが出来るはずだから、敢えて辛口で批評する。
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